漫画家「佐藤秀峰」

漫画家の佐藤秀峰という人が、オンラインコミックサイトを立ち上げ、そこで自らの作品を発表し、課金して有料で読める仕組みを作っている。この人の作品は海上保安庁の潜水士を描いた「海猿」や、過酷な医療現場を鋭くえぐった「ブラックジャックによろしく」、第二次大戦末期の人間魚雷回天の乗組員を描いた「特攻の島」などが知られており、好きな漫画家の一人だ。「め組の大悟」を彷彿させる熱い漫画が多い。彼の作品は現状の矛盾に真っ向から挑み読者に問うような重厚な作品が多い。しかもフィクションである漫画の世界の妄想に終始せず、現実の世界でも漫画業界という舞台でも一貫した姿勢で戦っている。そこが熱い。

彼が出版社と袂を別ちオンラインサイトで自主公開するようになった経緯としては一つに編集者の横暴があったという。

  • 度重なる編集者による台詞や登場人物の名前の無断変更。
  • さらには作品の2次使用を漫画家に無断で許可したり、勝手に攻略本のような本を出版したり。
  • 監修クレジットをつけて起きながら、問題が生じた際には著作権者である著者に責任を丸投げ。
  • 編集者側の提供した取材資料に重大な過ちがあったことが原因であったが、著作権者の責任だと主張。

ならば休載して取材することを許すか、編集側が取材を代行するならばその内容に責任を持つかだという著者の主張は真っ当だ。

作品のネームバリューで売れる漫画家にとって編集者は「ガキの使い」でしかないと彼は言う。「働きマン」で描かれる編集者とは些か異なるようである。「YAWARA」「マスターキートン」や「20世紀少年」などのヒット作で知られる浦沢直樹は編集者長崎尚志との二人三脚のような密な関係が知られている。長崎氏は漫画原作者としての顔も持っており、浦澤直樹の作品を昇華するためにとことん踏み込んで議論する姿勢がドキュメンタリーでも取り上げられている。しかしそのような編集者は少数のようだ。数々の不誠実な対応に編集者への不信は頂点に達し、佐藤秀峰はその後出版社を移り、さらには自らホームページ上で作品を公開する手法をとるに至る。

しかし単に編集者憎しでオンラインコミックサイトを立ち上げたわけではなく、背景には漫画家の劣悪な経済状況を改善したいとの思いがあるという。

彼の原稿料はヒット作「海猿」を連載開始した時点で1枚1万円。売れっ子漫画家になった後ですら、1枚3万円前後だったという。オンラインサイトを立ち上げる直前で、年間で1600万円ほどの原稿料収入を稼いでいたが、6人のスタッフの人件費だけで1800万円かかっていたという。単行本が発刊され、その印税でようやく自らの生活が成り立つという構造だ。1日12〜18時間労働を考えるとスタッフの年収とて、300万円はけして高いものではない。ある日連載が決まり、週連載という過密なスケジュールに対応する為にスタッフを雇い入れて始めたは良いものの、連載数ヶ月で人気が出ずに打ち切りになって借金だけが残るという連載貧乏という言葉すらあるらしい。

会社勤めの正社員ならば、仕事が出来なかろうと、出世しなかったり昇給しなかったりすれども我慢して働いていれば暮らしていくことが出来る。しかし売れない漫画家は生活が成り立たない。何度も挑戦できるような環境が無い。漫画が好きだからという漫画家の好意に甘え、自己犠牲的な覚悟で一か八かの勝負をしている漫画家によって漫画は支えられている。

しかし原稿料を上げて漫画家の待遇を改善しようにも、出版社側も急速に衰退している。とある大手出版社は週間誌を発刊するたびに2000万円の赤字を出しており、年間10億円の赤字を出しながらも単行本やその他で回収して成り立たせている際どい状況にあるという。ここ数年、ヤングサンデーのようにそこそこ名の通った雑誌が次々と廃刊の憂き目に会っている。

このような構造から脱却する一つの解として、オンラインサイトを自ら構築し試行錯誤している。全ては彼自身が漫画を愛し、出版社がなくなろうとも漫画家が漫画を発表し生計を立てていけるようにするためだという。そんな彼を応援する意味も込めて、このサイトで最近深夜までマンゴーを膝に載せながら漫画を読み耽っている次第である。

いや、面白いんだこれがまた。