人口学からみるイスラムの不安定化

21世紀に入ってから9.11に代表されるイスラム原理主義自爆テロの嵐が発生した真の原因は、何か。

中東諸国の専制政治体制や貧困など、様々な原因が語られてきた。しかし、どれも表面的な分析の印象は免れず、「真の」発生原因として説得力は弱い。自爆テロの原因が貧困や専制政治にあると言うのは、9.11の自爆犯が金持ちの息子たちや国外留学組のエリートたちであったことを想起すれば、ほとんど説得力がない。

フランス国立人口研究所のエマニュエル・トッドは、これらを「移行期危機」という人口史概念で以下の説明している。

人口学的には、男性の識字率が50%を超えると、その社会全体の不安定性が増して攻撃性を帯びる。さらに何十年か遅れて女性の識字率が50%を超えると、やがて出生率が2付近まで低下して、社会全体が落ち着きを取り戻し、攻撃性・好戦性は有意に低下してくる。そのメカニズムは、次の通りである。

 男性識字率が50%に達するということは、若者世代の大半は字が読めて、書物などから新たな知識体系の吸収が可能であり、自我に目覚めるのに対し、彼らの親の世代は大半が伝承による伝統的知識体系に頼っている状況である。

 この結果、親子間の価値観に大きな断絶が生じて、家族内での権威体系が崩壊する。社会は家族の集積であるので、社会全体の価値観や政治体制も不安定化する。

 さらに遅れて、女性の識字率が50%を超えると、女性の知性水準が向上するだけでなく、家族内での地位も向上し、肉体的・精神的負担が大きい「できるだけ多く子供を産む機械」としての役割を放棄し、出生率が低下し始める。出生率が低下し、平均して一家に1人程度の息子しかいなくなると、彼らが戦死した場合に家族はその負担に耐えられなくなるので、社会の好戦性は大きく低下してくる。

 この男性識字率が50%を超えた後に、出生率が3未満に大きく低下するまでの、平均して50年前後の期間がトッドの言う「移行期危機」である。移行期の長さは、国や地域の違い、すなわち家族制度・文化・宗教によって大きく異なる。

ナチス・ドイツに限らず、フランス革命ロシア革命、19世紀から20世紀初めにかけての欧州列強の帝国主義戦争や、日本のアジア進出などについても、この説がかなりの程度当てはまるとしている。トッドは、現在、多くのイスラム諸国では、この移行期危機の真最中であり、このことが、自爆テロが横行している真因としている。

ちなみに、かつての欧州諸国や日本は、移行期の初めに出生率が5〜6程度あったが、現在は2以下になっているのに対し、多くのイスラム諸国ではこの20〜30年間で女性識字率が50%を超えて、出生率が7以上から3.5程度に低下している最中である。