環翠楼


以前から泊まってみたく、目をつけていた旅館のひとつである。400年の歴史を持ち、古くは和宮が湯治に訪れ、無くなるまで滞在されていた由緒のある旅館でもある。名前は伊藤博文が贈った詩に由来し、現在の建物は大正期に建てられた木造4階建てである。明治期には孫文(中国の革命家)、桂太郎日露戦争時の総理大臣)、東郷平八郎連合艦隊指令隊長)などが訪れ、大正期には菊池寛徳田秋声久米正雄久保田万太郎らが宿泊し、ここで「新潮」の新作合評会を催し、昭和期に入っては秩父宮様、高松宮様が定宿とされたなど文人や皇族に愛されてきた。もしかしたら、明治期の建物は今のものよりも豪勢だったのかもしれない。

古い情緒を梁や廊下、階段やロビー、広間など公共空間に残しつつ、指摘に寛ぐ客室は新しくされており水周りも清潔で綺麗。よって逃げ場がある。

正直、この手の古めかしい木造旅館は夏こそ爽快で気持ちが良いが冬は寒くて風邪を引きはしないかと心配していた。しかし、ここはエアコンで広縁も客室内もガンガンと暖めている。客室の広縁には木の桟のガラス戸があり、薄く隙間もあるので密閉性は低い。風が強く吹けば隙間風が入るだろう、馴染みのある木造の古い造りだ。全くエコではなし、暖房費もそれなりに掛かるであろうが、あの旅館は冬は寒くて行く気がしないと思われるよりは2万円以上の宿泊費に織り込んで来て貰えるようにする方が理に適うのだろう。

食事は旅館の日程に従わねばならない。食事は十八時。皆一同に始る。客は館内を散策したり、風呂に入るなどして時間調整をする。腕利きの料理長と厨房スタッフを囲い、部屋数22室のスケールという条件の中で熱々の焼き物や煮物、止椀を出してくれる懐石様式で食事を出すには、客が同時に食事を取るのは仕方ないのだろう。

朝八時希少。まだ二人とも布団の中にいたのだが、問答無用にモーニングコールが長く鳴り続ける。布団を上げに来るという。言葉遣いは丁寧だが、なんとなく延長という選択肢を受け付けない強固な意志のようなものを感じる。そして十時のチェックアウト。食事をして少し寛いだ後に風呂に入り、それから女性が身支度をするには十時は早い。

旅館側の都合を客に強いている感は否めない。ホスピタリティーという観点からそれが満足度に繋がるかは疑問だ。宿食分離は理に適っている。チェックアウトもせめて十一時にしてもらいたい。


全体としてはとても良い。しかし、まだ数多の魅力的な未訪の宿がある中で、近い将来に再度ここに泊まりに来ることはないように思う。時間の縛りを無くしてくれたら、急かされること無く寛げて有難いのだが。とまれ、一度の経験として来る価値は有ったと思う。

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